中小企業あるいは小規模事業者にとって、「売上を伸ばしたい」、「利益を増やしたい」との思いは事業を経営される方にとっては常に念頭にあるはずです。
しかし、多くの経営者は、その思いだけで、実際には、自分自身の「カン」や「経験」に頼って事業を行っているケースが多いようです。
会社の経営を把握するには、決算書などの計算書類を作り、それを基に経営分析をすることが不可欠です。
しかし実際には「分かっているけれど、その知識がない」「社内にスタッフがいない」「専門家に依頼すると、費用がかかる」等々の理由で、行動に結びついていない会社も多いと思われます。
そんな経営者の方のために、比較的容易に計算書類を作成できる中小企業庁の「中小会計要領」と、それによって経営を改善したいくつかの企業の事例をご紹介します。
他人まかせの会計計算書類の作成
「わが社には経理担当者がいないので、税務申告のときだけ、税理士に申告書を作成してもらっている」「当社では経理スタッフの人数が少ないうえ、会計の知識が十分でないので、金融機関の財務調査で、経営内容を把握してもらっている」などのケースが多いようです。
いわば、他人まかせで計算書類を作成しているといえます。
会社法や法人税法では、すべての企業は貸借対照表や損益計算書などの計算書類を作成しなければなりません。その理由は、剰余金などの会社の財産配分を明確にすることと、株主や銀行などの利害関係者への情報開示の必要性があるためです。
会社は経営者のためにのみあるわけではないので、当然のことでしょう。特に上場企業の場合は、投資家に対して財務、会計内容の情報開示を厳しく求められています。
大企業の多い株式上場企業では、金融商品取引法に基づき有価証券届出書や有価証券報告書の提出を義務づけられています。それに対して、上場企業ではない中小企業の場合、必ずしもそうした厳しい義務付けに従う必要はありません。
中小企業の場合は、計算書類の作成に当たっては、会社法で定められている「一般に公正妥当と認められている企業会計の慣行に従う」というルールに沿って作成すればよいことになっています。
つまり、中小企業の実情に即した、負担を軽減した会計処理を認めているわけです。
とはいえ、中小企業が自ら計算書類を作成することは、人的にも、費用的にも、難しい面が多いと思われます。そうした中小企業に実態を考慮して作成されたのが「中小会計要領」です。
中小会計要領は簡単に利用できる会計ルール
中小会計要領は、中小企業経営者が活用したいと思えるよう、理解しやすく、自社の経営状況の把握に役立つ会計ルールとなっています。また、金融機関や取引先、株主等への情報提供にも役立つほか、計算書類の作成負担を最小限にとどめています。
中小会計要領の具体的な内容は、ここでは省くとして、その考え方を、一言でいえば、中小企業が簡単に利用できる会計ルールということです。
この要領は、平成24年2月に、中小企業庁などによって策定されました。それまでは、中小企業も企業会計基準や中小企業会計指針などに即して会計処理を行わなければなりませんでした。それは、中小企業にとって、大きな事務処理負担となります。
そこで、新たに、中小会計要領が登場したわけです。上場企業や会社法上の大会社を除く全国約260万社の中小企業で、この中小会計要領の導入が望まれています。
導入のきっかけとその効果
中小企業庁は、中小会計要領を導入した企業について、導入のきっかけやその効果を調査しました。
それによると、導入のきっかけは、「税理士や会計士などの専門家からの薦め」が全体の43%と最も多く、次いで「経営者や従業員による社内の問題意識から自発的に導入した」が29%の順となっています。「金融機関からの薦めや指摘」は10%となっています。
専門家などからの薦めとともに、経営者の自発的な導入という点は、見逃せない導入理由と思われます。
【導入のきっかけ】
- 税理士や会計士などの専門家からの薦め
- 社内の問題意識から自発的に導入
- 金融機関からの薦めや指摘
導入による効果に関しては、「収益の拡大が実現できた」が47%(複数回答)と最も多く、次いで、「社員のコスト意識やモチベーションが向上した」が46%、「金融機関や取引先からの信用度が向上した」が44%と、これら3つの回答が、目立っています。
【導入による効果】
- 収益の拡大が実現
- コスト意識やモチベーションが向上
- 金融機関や取引先からの信用度が向上
経営改善に成功した企業の事例
中小会計要領を導入して経営の向上を図ったいくつかの企業の事例をご紹介します。
会計処理基準を統一、調達コストを見直した、広告業O社のケース
O社は2005年に設立された従業員30人の会社で、資本金は5億5960万円です。O社は、中小会計要領を導入し、それによって、社内の会計処理基準を統一しました。
その結果、各事業のコストを同一水準で評価することが可能となりました。固定費の削減にも取り組めるようになり、仕入れ価格や外注費用のコスト削減にも成果が上がりました。
特に、外注先とは価格交渉を行い、コストを従来の6分の1まで減らすことが出来ました。そうしたコスト削減によって、原価を抑制し、会社の利益率が大きく改善されました。
コスト削減意識の向上など、従業員への教育効果を高めたT社のケース
T社は自動車関連メーカーで、1962年に設立されました。従業員は78人で、資本金は1000万円です。
T社では、会計処理によって得られたさまざまな数字を、社員にオープンにし、会議などの場で、分析数値などを示します。それを共通指標として、従業員全員が同じ目線で営業戦略などを検討することが出来るようになりました。
会議を始めた頃は、従業員の理解が追いつかない部分もありましたが、次第に従業員へ会計の勉強を促すことができました。それとともに、分析数値を継続して会議資料として活用することで、従業員の会計に対する理解が進み、コスト意識が向上しました。
以前は代表が業績目標や実績を準備していたのですが、今では部門長を始め、従業員が作成できるようにまで成長しました。
会計の専門家を活用し、ノウハウ・スキルを向上させたD社のケース
D社は厨房用グリスフィルターのレンタル・メンテナンス会社で、1995年に設立されました。従業員は22人で、資本金は4900万円です。
中小会計要領の導入についてD社は、税理士事務所と検討の上、、社員への教育と情報発信及びその目的・背景について社長が関連部署に説明することから始めました。
それをステップにして社員向けの教育、情報発信では、全社員向けの経理・財務に関するレクチャーを顧問税理士の支援を得ながら実施しました。
それによって、役員やマネジメント層を含む社員への知識の提供と共有化、コスト意識の向上を図りました。その結果、管理部門では、全員が中小会計要領に基づく経理処理をできるようになりました。
会計を経営戦略に活かしたI社のケース
I社はアルミニウムなどの金属製品切削加工会社で、1991年設立されました。従業員は13人で資本金は300万円です。
I社では、中小会計要領の導入と会計ソフトの導入を進め、顧問税理士からの指導を受けることで、経営者自身の財務・会計に関する理解を深めることができました。
とりわけ、受注情報を分析し、低付加価値加工から高付加価値加工へのシフトを推進するとともに、材料費、外注費などの製造原価を抑え、利益率の向上を実現できました。
高付加価値加工へのシフトを進めたことで、直近2期間における新規取引先は20社を超えました。また、多業種からの受注による顧客分析効果から、不況に強い経営体質づくりを実現できました。
10年の赤字を脱却したK社のケース
K社は土産品小売・レストラン、野菜直売所などの観光物産会社で、従業員は18人、資本金は4940万円です。
1998年の会社設立後、10年間連続で赤字が続いたため、地域商工会に経理業務を委託するようになりました。その後、本格的に経営立て直しに動き始め、増収効果を得られるようになりました。
しかし、次の段階として部門別の採算状況の把握のため、月次決算の実施が必要と判断し、中小会計要領を導入しました。
要領の導入及び月次決算の実施によって、詳細な経営計画の策定が可能になり、将来的な展望をイメージできるようになりました。
また、タイムリーに採算状況を把握・公開することで、従業員が数字を意識するようになり、社長は会社全体に活気が出たと感じているようです。
金融機関からの信頼性が向上したY社のケース
Y社は中小会計要領に対応することで、従来の課題であった月次の棚卸を実施することができるようになりました。
そのため、商品の在庫を月次で把握することが出来、無駄な発注を防ぐことが可能になりました。また、発生主義会計によって、正確な毎月の損益等を把握することが出来、経営状況をリアルタイムでつかめるようになりました。
月次決算を行うことにより、期中に金融機関から月次試算表の提出を求められた際にも、即日渡すことが出来、信頼度を大きく高めることが出来ました。新しいビル購入の際には、問題なく融資を受けられ、しかも低金利という効果も得られました。
まとめ
中小企業の経営改善には、財務、会計等の計算書類をきちんと作成し、経営分析に役立てることが大切です。しかし、知識・ノウハウをもつ社員がいないことや、事務負担が大きいことなどから、なかなか難しい面もあります。
中小会計要領は、そうした中小企業の負担を減らし、簡単に利用できる会計ルールといえます。そのルールに沿って計算書類を作成することで、企業は着実に業績を向上させることができるのです。